パソコンを充電してこのページを開いた。
2時間ほど前にパソコンを開いてから、文章を考え書いては消しを繰り返している。 いつも感じるが自分が『こんなことを書く!!』とテーマがしっかり決まっていないと書いたり消したりを繰り返す。
もしくは私の場合、書きたいことがあるけど『こんなこと書いて良いのかな?』と自分が中心でなく人が中心となる時も同じだ。
今日の場合は後者だ。 そして恥ずかしがらずに私が書きたいことを書く時だ。
私は長女ととても仲が悪い。 お互いに言い合いがはじまるととことん相手をやっつけるまで言い合ってしまう。
最近も試験のことで苛立っている長女が私に八つ当たりをし、私が言い返し、挙げ句の果てに大喧嘩になった。
どうして彼女とだけうまくやれないのか? とここしばらくずっと考えていた。 ずっとずっと私が愛してあげないのがいけないと思っていた。
そにな時に長男が留年した。 あんなに可愛いくて面白くて優しい男の子だったのに、だらしがなくてダメな大人にしたんだと、また『私のせいだ』 と思った。
そんな私を近くで見ていた次男が「マミーが〇〇の事を愛してあげなかったから、と過去のことを悔やんでも今の〇〇がどうなっていいるかなんて誰にも分からないし、過去をどれだけ悔やんでもあの時に戻ることはできないんだから、今のマミーにできることをしたら良いと思う。 それはこの家族はみんなマミーのことが大好きだからいつも笑っていてほしい」と言った。
いつも笑っているってどんな? と思ったけど、ずっと感じている『私が私であること』で良いんだと思った。
話が長女に戻って、私は女の子の母として良い母になろうとしていたようだ。 良い母ってなんだ? と思った。 長男と次男には良い母でありたい、と思ったことはない。 彼らと私それだけだ。 なのになぜか長女には良い母になりたくて仕方がなかった。
毎日毎日色々と感じたり思ったり、そしてまたスピリチュアルの治療を受けたりしてわかった。 私は私の母に負けないように良い母になりたかっただけだった。
ここでまた人=私の母が基準になっている。だからモヤモヤするしイライラするし気分が良くないのが続く。
私は長女にとって良い母でいる必要はないんだと気づいた。 これが一番恥ずかしくて書きたくなかったことだが、私は長女が嫌いだ。 でも自分でそれを認めることが出来たら、長女を可愛いと思う瞬間も心から楽しめるようになった。
そして今日は彼女の大切な試験の日。 顔を合わせて「頑張っておいで、今までやってきてるから心配せずに気をつけて行っておいで」と言うべき時… 私は直接ではなく、喧嘩になるのは嫌なのでメモを書いた。 たった一言『ファイト!! 😀』
私が見つけた長女との距離。 長男とも次男とも違う距離をようやく少しずつ見つける事ができたようだ。
そしてレジンを続けている。

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